が忘れられないの。だからただ見ているの。
 日本の男の人と話をしただけでも怒るのよ。
 ツネリ方をわたしに習ってわたしをツネルのよ。
 でも、どうしても日本の男の人とお友達になりたいの、それで子供ならいいというので子供のお友達をこしらえたものの十六の少年ではいけず、十四の少年でいけず十三の育ちの悪い直ぐ顔を赭くするような子をお友達に見つけたの。名前は線二って言うの。
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 加奈子は線二を一二度見た。お京さんはフランス人形と並べてその子の顔におしろいを塗ってやっていた。それは加奈子が洋行する四五年前の日本の春の午後だった。
 道は下り坂になって来た。人々の帽子の上を越して電車の交叉点の混雑、それからまた向うへだらだら上りになる坂の見通し。右角に色彩を瓦《かわら》屋根で蓋《ふた》をしている果物屋があって左側には小さい公設市場のあるのが芝居の書割のように見えて嘘のようだ。欧米の高いもの広いものを見慣れて来て、その上、二十日間も涯なき海を渡って来た加奈子の視力はまたここで距離感を失った。
 もし手前の坂の左側にある小さい魚屋の店先に閃めく、青い鰺《あじ》やもっと青い鯖《さ
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