お帰りかい。あなた、これがうちのです。
[#ここで字下げ終わり]
その男は横目でお琴のコップを睨《にら》みながら、気まずそうに頭を下げた。
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――むかしっからよくごひいきにして頂いたんだよ。よくお叩頭《じぎ》してお礼を言いなさいよ。
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それから加奈子に向って、
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――この人、生意気に頭なんか分けてるんですよ、お婆の、かみさん持ってるくせに。
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若い小男は急に頭を持上げて小声で怒鳴った。
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――ばかッ――。また酔ぱらったな。
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それからさっさと土間からかけてある梯子段《はしごだん》で向うむきのまま靴を脱ぎ、メリンスのカーテンの垂らしてある中二階へ上って行った。
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――あんなに怒った顔をしていても直ぐに何でもなくなるんですよ。あたしゃ、すっかり男のこつを覚えましてね。今から考えるとやり方によっては先の亭主もあの養子野郎もあんなに増長させずに済んだと思いますよ。一たい男はおとなしい女は嫌いですね。
――おばさんお豆腐をこしらえる道具はどうしたの。
――あなたが洋行して居なさる間に世の中が変りましたね。いまこんな小さい豆腐屋では自分とこで品物はこしらえませんですよ。会社がありましてね、そこで大げさに製《こし》らえて分けるんです。あたし達はそこの会社の株主でもあり支店でもありますんでね。それから納豆も。
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加奈子が差し出した手提げの菓子鉢をしきりに珍らしがったあとでお琴は真鍮の庖丁を薄く濁っている水の中へ差し入れ、ぶよぶよする四角い白い塊《かたまり》を鉢の中へ入れて呉れた。庖丁の腹で塊の頭を押えて大事そうに水を切る。
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――おお、恐かった。こんな立派なものへお豆腐なんか入れるのは始めてですからね。ですがこうすると、とても引っ立ちますね。まるでお豆腐には見えませんね。
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加奈子が代価を払って店を出かけるときお琴はあわてて立って追って来た。
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――あのロンドンにいるとかいうお豆腐屋さんはなか
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