り返して1字下げ]
――しばらく。
[#ここで字下げ終わり]
 加奈子は古簾に手をかけた。
[#ここから改行天付き、折り返して1字下げ]
――いらっしゃい。おや珍らしい。
[#ここで字下げ終わり]
 そこに居たのは孀のお琴だ。手にビールのコップを持っている。
[#ここから改行天付き、折り返して1字下げ]
――みんな御無事?
――は は は は は とうとうあの鬼奴らを追出してやりましたよ。裁判して勝ちましたよ。あんた洋行なすったと聞きましたが、いつお帰り?
[#ここで字下げ終わり]
 ビールを持つ手をやや体の蔭に隠す。
[#ここから改行天付き、折り返して1字下げ]
――四日ばかりまえ。
――おや、そうですか。まあどうぞお掛け。
[#ここで字下げ終わり]
 お琴は手まめに上りはなの塵をはたいた。
[#ここから改行天付き、折り返して1字下げ]
――でもおばさん。よく思い切ったことしたのね。
――此頃の若いものにはおとなしくしているとつけ上がられると思いましてね。とうとう裁判所へ駆け込みましたよ。もっともそのまえに二三度首を吊ろうとはしてみましたがね。こんなぶきりょうな女の死にざまをあいつらに見せたら、さぞまた悪口の種になるだろうと思いますと死に切れませんでね。そこで死に身になって料簡《りょうけん》を逆に取りましてね。
[#ここで字下げ終わり]
 まえから幾らか酒がいけ、飲むと平常と違ってよくしゃべる女ではあったが今日は加奈子に久しぶりで逢った亢奮からまた余計にしゃべり度いらしかった。
[#ここから改行天付き、折り返して1字下げ]
――もっとも素直には鬼奴らはあたしを家から出しませんからね。あんかを蹴っくり返しましてね。あいつらが周章《あわ》てて騒いでるうちに家を飛び出しましたよ。跣足《はだし》ですよ。そして最初裁判所だと思って飛び込んだのが海軍省でしてね。
――おばさん、此頃毎日お酒なんか飲むの。
[#ここで字下げ終わり]
 お琴は二つ三つわざと舌打ちして見せて、
[#ここから改行天付き、折り返して1字下げ]
――ええ、えい、毎日お酒も飲みますしね。亭主も持ちますしね。は は は は は。
[#ここで字下げ終わり]
「おばさんひらけたのね」
 そこへ洋服に鞄《かばん》を抱えて気が重そうな若い小男が入って来た。
[#ここから改行天付き、折り返して1字下げ]
――お前さん、
前へ 次へ
全17ページ中12ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
岡本 かの子 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング