とも》時代になってもまだそんなふうだったから、この時代の鎌倉の千手の前が都会風の洗練された若い公達《きんだち》に会って参ったのだろうし、多少はそういう公達を恋の目標にすることに自分自身誇りを感じたのじゃないでしょうか」
私はもう一度、何となく手越の里を振返った。
私と主人はこういう情愛に関係する話はお互いの間は勿論《もちろん》、現代の出来事を話題としても決して話したことはない。そういうことに触れるのは私たちのような好古家の古典的な家庭の空気を吸って来たものに取っては、生々しくて、或る程度の嫌味にさえ感じた。ただ歴史の事柄を通しては、こういう風にたまには語り合うことはあった。それが二人の間に幾らか温かい親しみを感じさせた。
如何《いか》にも街道という感じのする古木の松並木が続く。それが尽きるとぱっと明るくなって、丸い丘が幾つも在る間の開けた田畑の中の道を俥は速力を出した。小さい流れに板橋の架かっている橋のたもと[#「たもと」に傍点]の右側に茶店風の藁屋《わらや》の前で俥は梶棒を卸《おろ》した。
「はい。丸子へ参りました」
なるほど障子《しょうじ》に名物とろろ汁、と書いてある。
「
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