れは少年のような身軽さでもあり、自分の持地に入った園主のような気儘《きまま》さでもある。そしてときどき私に
「いいでしょう、東海道は」
と同感を強いた。私は
「まあね」と答えるより仕方がなかった。
ふと、私は古典に浸る人間には、どこかその中からロマンチックなものを求める本能があるのではあるまいかなど考えた。あんまり突如として入った別天地に私は草臥《くたび》れるのも忘れて、ただ、せっせと主人について歩いて行くうちどのくらいたったか、ここが峠だという展望のある平地へ出て、家が二三軒ある。
「十団子《とおだご》も小粒になりぬ秋の風という許六《きょろく》の句にあるその十団子《とおだんご》を、もとこの辺で売ってたのだが」
主人はそう言いながら、一軒の駄菓子ものを並べて草鞋《わらじ》など吊ってある店先へ私を休ませた。
私たちがおかみさんの運んで来た渋茶を飲んでいると、古障子を開けて呉絽《ごろ》の羽織を着た中老の男が出て来て声をかけた。
「いよう、珍らしいところで逢った」
「や、作楽井《さくらい》さんか、まだこの辺にいたのかね。もっとも、さっき丸子では峠にかかっているとは聞いたが」
と主人
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