催したのであった。

 まわりの円味がかった平凡な地形に対して天柱山と吐月峰は突兀《とっこつ》として秀でている。けれども矗《ちく》とか峻《しゅん》とかいう峙《そばだ》ちようではなく、どこまでも撫《な》で肩《がた》の柔かい線である。この不自然さが二峰を人工の庭の山のように見せ、その下のところに在る藁葺《わらぶき》の草堂|諸共《もろとも》、一幅の絵になって段々近づいて来る。
 柴の門を入ると瀟洒《しょうしゃ》とした庭があって、寺と茶室と折衷《せっちゅう》したような家の入口にさびた[#「さびた」に傍点]聯《れん》がかかっている。聯の句は
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幾若葉はやし初の園の竹
山桜思ふ色添ふ霞《かすみ》かな
[#ここで字下げ終わり]
 主人は案内を知っていると見え、柴折戸《しおりど》を開けて中庭へ私を導き、そこから声をかけながら庵《いおり》の中に入った。一室には灰吹を造りつつある道具や竹材が散らばっているだけで人はいなかった。
 主人は関わずに中へ通り、棚に並べてある宝物に向って、私にこれを写生しとき給えと命じた。それは一休の持ったという鉄鉢《てっぱつ》と、頓阿弥《とんあみ》の作った
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