。だが、自分の独創で何か一枚画を描いてみようとなるとそれは出来なかった。
 主人は父の邸《やしき》へ出入りする唯一の青年といってよかった。他に父が交際している人も無いことはなかったが、みな中年以上か老人であった。その頃は「成功」なぞという言葉が特に取出されて流行し、娘たちはハイカラ髷《まげ》という洋髪を結《ゆ》っている時代で虫食いの図書遺品を漁《あさ》るというのはよくよく向きの変った青年に違いなかった。けれども父は
「近頃、珍らしい感心な青年だ」と褒《ほ》めた。
 主人は地方の零落《れいらく》した旧家の三男で、学途には就《つ》いたものの、学費の半《なかば》以上は自分で都合しなければならなかった。主人は、好きな道を役立てて歌舞伎の小道具方の相談相手になり、デパートの飾人形の衣裳を考証してやったり、それ等から得る多少の報酬で学費を補っていた。かなり生活は苦しそうだったが、服装はきちんとしていた。
「折角《せっかく》の学問の才を切れ端にして使い散らさないように――」
 と始終忠告していた父が、その実意からしても死ぬ少し前、主人を養子に引取って永年苦心の蒐集《しゅうしゅう》品と、助手の私を主人
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