懐しく聡明《そうめい》なる者としてさえ書いて居る。それが葉子の思いを一層切実にさせるというのは葉子は熱海への汽車中、氏に約した会見を果さなかった、氏と約した通り氏に遇《あ》い氏が仮りにも知れる婦人の中より選び信じ懐かしんで呉《く》れた自分が、鎌倉時代よりもずっと明るく寛闊《かんかつ》に健康になった心象の幾分かを氏に投じ得たなら、あるいは生前の氏の運命の左右に幾分か役立ち、あるいは氏の生死の時期や方向にも何等かの異動や変化が無かったかも期し難いと氏の死後八九年経た今でもなお深く悔い惜しみ嘆くからである。これを葉子という一女性の徒《いたず》らなる感傷の言葉とのみ読む人々よ、あながちに笑い去り給うな。
底本:「昭和文学全集 第5巻」小学館
1986(昭和61)年12月1日初版第1刷発行
底本の親本:「岡本かの子全集」冬樹社
1974(昭和49)年〜1978(昭和53)年
入力:阿部良子
校正:松永正敏
2001年4月3日公開
2003年5月25日修正
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