て居て岸から離れようとはしない。誘い疲れて断念した赫子と麻川氏は誘うのを止めて、ほんの一廻《ひとまわ》りその辺を泳いだだけで直《す》ぐ岸へ帰って来た。「どうしても泳ぎませんかね、坂本さん。」と二人はまだ執拗《しつよう》に主人に云うので「ああ、今日は嫌だ。」と主人も少しむっとしたように云った。麻川氏はさも失望したように、「駄目だなあ、折角誘って来たのに。」赫子はもうすっかり不機嫌を顔に出して「ふん。」と横向いたなり、さっさと更衣場の方へ足を向けた。「君達、僕に構わずにゆっくり泳いだら好いじゃ無いか。」主人が云うと麻川氏は「つまんないからもう帰りましょう。」と矢張り麻川氏もさっさと更衣場の方へ行って仕舞った。従妹《いとこ》一人は無頓着に独りで、あちこち波を掻《か》き廻して居たが、あんまり早い一行の帰り支度に吃驚《びっく》りして波から上ってきた。馬車が待たせてあった。長谷からH屋まで電車もある。平生は誰でも電車へ乗る。それを帰りの馬車まで待たせてある。私は、いよいよ何事かの計劃《けいかく》のもとに今日の「海水浴場行」が企てられたものと直覚した。丁度、主人は更衣場の傍でA社のK部長に逢《あ》い
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