《ほとん》ど領されて居る形であって最もよく混成された麻川氏と赫子の意志が、麻川氏の部屋の意志と呼んで好いような気さえする。私は平常、他の客の時は避けて、出来るだけ麻川氏の室に行かなかったが、赫子は夜自分の宿に帰って行くほかは、殆ど麻川氏の部屋に居続けなので自然、避けてばかりも居られないので、私が赫子に接触する機会が此頃多くなったわけである。それに馴《な》れると赫子は庭続きに私の部屋の前縁にも時々遊びにきた。
 赫子と麻川氏は馬車で海岸に行くことを、何故か性急に私達の部屋へ来て勧めて止まない。私はやや唐突に感じ、少し迷惑にも思った。それに昨夜来徹夜の仕事に疲れてこれから寝に就《つ》こうとする主人をも急《せ》き立てて連れ出そうとするのでなおさら迷惑の度を増したが、とにかく隣人の交際として行くことにした。道々も漠然として居る私達側に引き換え、何か非常に海岸に目指すもののある期待に赫子も麻川氏も弾んで居るらしく見える。長谷《はせ》の海岸に着いた。一しきり人出の減った海は何処か空の一隅の薄曇りの影さえ濃やかな波の一つ一つの陰に畳んでしっとりと穏かだった。だが、私は何かその静穏な海の状態に陰険な打
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