ませんよ。」おばさんはだから発声運動をさせようと、三味線《しゃみせん》を持って来て、明日から私に鶴亀の復習をさせようとして居ることを話して二人は応接室から出ようとすると麻川氏は改めて私を呼び留めた。そして大真面目《おおまじめ》に「あなたんとこへまだ随分沢山の人が東京から来るんでしょうな。およそ何人位まだ来る予定ですか。」私「それは判りません。」麻川氏「それらの人達がですな、一々僕を頭に置いて帰るんじゃあ、やり切れない……。」
 暗い廊下を通り乍《なが》ら叔母さんは云った。「変な人ね、あの麻川さんて人は。」私「……。」叔母さん「何だって人の処へ来るお客の数を調べ上げたり気にしたりするんだろうね。」
 部屋へ帰って来て床を敷き乍らも叔母さんは独言《ひとりごと》のように云っている。「どうも変だよ、あの人はまるで、うしろ暗い事でも持っているようだ。」などと。叔母さんは五十近くでなりふり[#「なりふり」に傍点]など古風で常識的だが、なまなかの若者より敏感なのだ。やがて叔母さんは襖《ふすま》をしめて従妹《いとこ》と向うの部屋で寝て仕舞った。私は昼寝をかなりしたし、叔母さんの言葉や、麻川氏の今さっき
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