るように太い声で後から私に云った。「僕あですな。理智主義と云われる程、上昇しても居ません。また技巧派と片づけられる程堕落もして居ないつもりです……。」「あ、ゆんべの『種|蒔《ま》く人』の云ったことですか。」私は直覚を言葉に出して仕舞った。「種蒔く人。がどうだって構わないんです。僕だって、マルクスやレーニンに関心を持つことは敢《あえ》て人後に落ちないつもりですからな。僕あ、趣味としてはことごとく在来の日本人だけれど精神力のたくましさに於て、マルクスや、レーニンにむしろ同じるな。」「そうでしょうとも、あなたには、何処か精悍《せいかん》な歯があるわ。」「で、あなたは『種蒔く人』に何を話しましたか。」「私は大方|聴《き》いて居ただけですわ。大体まだ資本論さえ読んで居ないんですもの何とも云えません。ただね、実につまらないかもしれないことを一寸《ちょっと》云ったのよ。いくら物質の平均が行われても人間の持って生れた智能や、容貌《ようぼう》の美醜の平均までは人為的制度でどうにもならないでしょう。かりに茲《ここ》に二人の人間があり、一人は智能や美貌《びぼう》を持って生れて来て居るが他の一人より物資を持た
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