を、平凡で常識的な世帯持ちの好い街のおかみさんのようなたち[#「たち」に傍点]の女であることが判った。彼女の人前でする一見奇抜相ないろいろな言動の中に実は何もかも、打算して振舞って居る分別がまざまざ見えすいて来た。この女は大川氏の猟奇癖に知ってか或いは知らずにかいつの間にか乗って仕舞って、その表皮がいつか奇矯に偽造され、文壇の見せ物になって居るに過ぎない。赫子は好い旦那《だんな》さんを早く見付けて好いおかみさんになりなさい。と私の好奇心は失望し乍《なが》らも私の女性としての実質が好意をもって心ひそかに赫子にそう云って居た。処がまた追々日がたつに従って私は赫子がやはりありきたりの女性の誰でもと同じように一寸《ちょっと》した言葉の間の負けず気や周囲の同性の身なりのほんのつまらない動静にまで皮肉や陰口で意地悪くこせこせするのを見聞するようになり、もはや赫子という女に全然興味を無くして仕舞って居た。だが、着物にかくれていた赫子の肉体的魅力に私はまださほどの不信を持って居なかったのだけれど……。
 海水着一つになった赫子は、例の虚勢を声に張り上げて、海へ飛び込んだ。水泳もひどく得意のように話して居たが、これもまた甚だ平凡な泳ぎ方だ。それでもかなり達者に一丁程麻川氏と並んで岸を離れて行った。私は二人の遠ざかったのを見て主人の傍へ行った。「半月程まえ茲の海で心臓麻痺《しんぞうまひ》を起して死んだ人があるんですって。」私がこういう真意を主人は知って居た。若いうちの深酒で主人は心臓を弱くして居る。水泳は、ずっと前から自分でも禁じて居る。今日にかぎって泳ぐわけも無いのだが赫子も麻川氏も先刻からむしろ主人を先頭に泳がせ度い気配《けは》いが見える。それにもかかわらず、主人は岸近くで私と一緒にわずかに波乗り位して居るだけだった。「おーうい」と赫子はかなりの高波の間から手招ぎをした。少し離れた処で麻川氏も「泳ぎませんか坂本さん。」赫子「駄目、泳がなくっては、坂本さん。」赫子は当然自分達に続いて泳いで来るべき筈《はず》の坂本が岸に居るのが不本意だとでもいうような様子である。「僕あ駄目。」と主人が手を振ると「駄目ってこと無いわよ。」と赫子。「泳ぎましょう、行きましょうよ、沖へ。」と麻川氏。「いらっしゃい。」「いらっしゃいったら。」といよいよ異常な熱心で主人を誘致しようとする二人。それでも主人は笑っ
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