子供の手の届く範囲を示して子供の背丈けだけに摘み揃つてゐる蔦の芽の摘み取られ方には、悪戯《いたずら》は悪戯でもやつぱり子供らしい自然さが現れてゐて、思ひ返さずにはゐられなかつた。
「これより上へ短くは摘み取るまいよ。そしてそのうちには子供だから摘むのにもぢき飽きるだらうよ」
「でも」
「まあ、いゝから……」
ひろ子の家は二筋三筋|距《へだた》つた町通りに小さい葉茶屋の店を出してゐた。上《あが》り框《がまち》と店の左横にさゝやかな陳列|硝子《ガラス》戸棚を並べ、その中に進物用の大小の円鑵《まるかん》や、包装した箱が申訳《もうしわけ》だけに並べてあつた。
楽焼《らくやき》の煎茶《せんちゃ》道具|一揃《ひとそろ》ひに、茶の湯用の漆《うるし》塗りの棗《なつめ》や、竹の茶筅《ちゃせん》が埃《ほこり》を冠《かむ》つてゐた。右側と衝き当りに三段の棚があつて、上の方には紫の紐附《ひもつき》の玉露《ぎょくろ》の小|壺《つぼ》が並べてあるが、それと中段の煎茶の上等が入れてある中壺は滅多《めった》に客の為め蓋《ふた》が開けられることはなく、売れるのは下段の大壺の番茶が主だつた。徳用の浜茶や粉茶も割合に売れた。
玉露の壺は単に看板で、中には何も入つてなく、上茶も飛切りは壺へ移す手数を省いて一々、静岡の仕入れ元から到着した錫張《すずば》りの小箱の積んであるのをあれやこれやと探し廻つて漸《ようや》く見付け出し、それから量《はか》つて売つて呉《く》れる。だから時間を待たして仕様がないと老婢《ろうひ》のまき[#「まき」に傍点]は言つた。
「おや、おまへ、まだ、あすこの店へお茶を買ひに行くの」と私は訊《き》いてみた。「あすこの店はおまへの敵役《かたきやく》の子供がゐる家ぢやない」
すると、まき[#「まき」に傍点]は照れ臭さうに眼を伏せて
「はあ、でも、量りがようございますから」
と、せい/″\頭を使つて言つた。私は多少思ひ当る節《ふし》が無いでもなかつた。
蔦の芽が摘まれた事件があつた日から老婢まき[#「まき」に傍点]は、急に表門の方へ神経質になつて表門の方に少しでも子供の声がすると「また、ひろ子のやつが――」と言つて飛出して行つた。
事実、その後も二三回、子供たちの同じやうな所業があつたが、しかし、一月も経《た》たぬうちに老婢の警戒と、また私が予言したやうに子供の飽きつぽさから、その事は無くなつて、門の蔦の芽は摘まれた線より新らしい色彩で盛んに生え下つて来た。初蝉《はつぜみ》が鳴き金魚売りが通る。それでも子供の声がすると「また、ひろ子のやつが――」と呟《つぶや》きながらまき[#「まき」に傍点]は駆け出して行つた。
子供たちは遊び場を代へたらしい。門前に子供の声は聞えなくなつた。老婢《ろうひ》は表へ飛出す目標を失つて、しよんぼり見えた。用もなく、厨《くりや》の涼しい板の間にぺたんと坐《すわ》つてゐるときでも急に顔を皺《しわ》め、
「ひろ子のやつめ、――ひろ子のやつめ、――」
と独り言のやうに言つてゐた。私は老婢がさん/″\小言《こごと》を云つたやうなきつかけで却《かえ》つて老婢の心にあの少女が絡《から》み、せめて少女の名でも口に出さねば寂しいのではあるまいかとも推察した。
だから、この老婢がわざ/\幾つも道を越える不便を忍んで少女の店へ茶を求めに行く気持ちも汲《く》めなくはなく、老婢の拙《つた》ない言訳も強《し》ひて追及せず
「さう、それは好い。ひろ子も蔦をむしらなくなつたし、ひいき[#「ひいき」に傍点]にしておやり」
私の取り做《な》してやつた言葉に調子づいたものか老婢は、大びらでひろ子の店に通ひ、ひろ子の店の事情をいろ/\私に話すのであつた。
私の家は割合に茶を使ふ家である。酒を飲まない家族の多くは、心気の転換や刺激の料に新らしくしば/\茶を入れかへた。老婢は月に二度以上もひろ子の店を訪ねることが出来た。
まき[#「まき」に傍点]の言ふところによるとひろ子の店は、ひろ子の親の店には違ひないが、父母は早く歿《ぼっ》し、みなし児《ご》のひろ子のために、伯母《おば》夫婦が入つて来て、家の面倒をみてゐるのだつた。伯父は勤人《つとめにん》で、昼は外に出て、夕方帰つた。生活力の弱さうな好人物で、夜は近所の将棊所《しょうぎしょ》へ将棊をさしに行くのを唯一の楽しみにしてゐる。伯母は多少気丈な女で家の中を切り廻すが、病身で、とき/″\寝ついた。二人とも中年近いので、もう二三年もして子供が出来ないなら、何とか法律上の手続をとつて、ひろ子を養女にするか、自分たちが養父母に直るかしたい気組みである。それに茶店の収入も二人の生活に取つては重要なものになつてゐた。
「可哀《かわい》さうに。あれで店にゐると、がらり変つた娘になつて、からいぢけ切つてるのでご
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