蔦の門
岡本かの子
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【テキスト中に現れる記号について】
《》:ルビ
(例)蔦《つた》
|:ルビの付く文字列の始まりを特定する記号
(例)青山|隠田《おんでん》の
[#]:入力者注 主に外字の説明や、傍点の位置の指定
(例)まき[#「まき」に傍点]
/\:二倍の踊り字(「く」を縦に長くしたような形の繰り返し記号)
(例)たま/\
*濁点付きの二倍の踊り字は「/″\」
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私の住む家の門には不思議に蔦《つた》がある。今の家もさうであるし、越して来る前の芝、白金《しろがね》の家もさうであつた。もつともその前の芝、今里の家と、青山南町の家とには無かつたが、その前にゐた青山|隠田《おんでん》の家には矢張り蔦があつた。都会の西、南部、赤坂と芝とを住み歴《へ》る数回のうちに三ヶ所もそれがあるとすれば、蔦の門には余程縁のある私である。
目慣れてしまへば何ともなく、門の扉の頂《いただき》より表と裏に振り分けて、若人の濡《ぬ》れ髪を干すやうに閂《かんぬき》の辺まで鬱蒼《うっそう》と覆ひ掛り垂れ下る蔓《つる》葉の盛りを見て、たゞ涼しくも茂るよと感ずるのみであるが、たま/\家族と同伴して外に出《い》で立つとき誰かゞ支度が遅く、自分ばかり先立つて玄関の石畳に立ちあぐむときなどは、焦立《いらだ》つ気持ちをこの葉の茂りに刺し込んで、強《し》ひて蔦の門の偶然に就いて考へてみることもある。
結局、表扉を開いて出入りを激しくする職業の家なら、たとへ蔦の根はあつても生え拡がるまいし、自然の做《な》すまゝを寛容する嗜癖《しへき》の家族でなければかういふ状態を許すまい。蔦の門には偶然に加ふるに多少必然の理由はあるのだらうか――この私の自問に答へは甚《はなは》だ平凡だつたが、しかし、表門を蔦の成長の棚床に閉ぢ与へて、人間は傍の小さい潜門《くぐりもん》から世を忍ぶものゝやうに不自由勝ちに出入するわが家のものは、無意識にもせよ、この質素な蔦を真実愛してゐるのだつた。ひよつとすると、移転の必要あるたび、次の家の探し方に門に蔦のある家を私たちは黙契のうちに条件に入れて探してゐたのかも知れない。さう思ふと、蔦なき門の家に住んでゐたときの家の出入りを憶《おも》ひ返し、丁度女が額《ひたい》の真廂《まびさし》をむきつけに電燈の光で射向けられるやうな寂しくも気《け》うとい感じがした。そして、従来の経験
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