、いふことを素直に聴く良い子らしい声音《こわね》を装つて返事しながら立派に大きく両手を突出した様子が蔦の門を越した向うに感じられた。忽《たちま》ち当惑したまき[#「まき」に傍点]の表情が私に想像される。老婢《ろうひ》は「ふうむ」とうなつた。
 また、くす/\笑ふ子供たちの声が聞える。
 私も何だか微笑が出た。ちよつと間を置いて、まき[#「まき」に傍点]は勢《いきおい》づき
「ぢや、この蔦の芽をちよぎつたのは誰だ。え、そいつてごらん。え、誰だよ、そら言へまい」
「あら、言へてよ。けど言はないわ。言へばをばさんに叱《しか》られるの判つてゐるでせう。叱られること判つてゐながら言ふなんて、いくら子供だつて不人情だわ」
「不人情、は は は は は」と女の子供たちは、ひろ子の使つた大人らしい言葉が面白かつたか、男のやうな声をたてゝ一せいに笑つた。
 まき[#「まき」に傍点]はいきり立つて「この子たち口減らずといつたら――」まき[#「まき」に傍点]の憤慨してゐる様子が私にも想像されたが、すべてのものから孤独へはふり捨てられたこの老女は、やはり不人情の一言には可なり刺激を受けたらしい。「早く向うへ行つて。おまへなど女弁士にでもおなり」と叱り散らした。
 もう、そのとき、ひろ子はじめ連れの子供たちは逃げかかつてゐて、老婢より相当離れてゐた。老婢はまた懐柔して防ぐに之《し》くはないと気を更《か》へたらしく、強《し》ひて優しい声を投げた。
「ねえ、みんな、おまへさんたちいゝ子だから、この蔦の芽を摘むんぢやないよ。ほんとに頼むよ」
 流石《さすが》の子供たちも「あゝ」とか「うん」とか生《なま》返事しながら馳《は》せ去る足音がした。やつと私は潜戸《くぐりど》を開けて表へ出てみた。
「ばあや、どうしたの」
「まあ、奥さま、ご覧遊ばせ。憎らしいつたらございません。ひろ子が餓鬼《がき》大将で蔦の芽をこんなにしてしまつたのでございます。わたくし、親の家へ怒鳴《どな》り込んでやらうと思つてゐるんでございます」
 指したのを見ると、門の蔦は、子供の手の届く高さの横一文字の線にむしり取られて、髪のおかつぱさんの短い前髪のやうに揃《そろ》つてゐた。流行を追うて刈り過ぎた理髪のやうに軽佻《けいちょう》で滑稽《こっけい》にも見えた。私はむつとして「なんといふ、非道《ひど》いこと。いくら子供だつて」と言つたが、
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