を真赫《まっか》にして居た麗姫がやがて
「なんという失礼な魚達だろう。わたしは今まで誰にもこんな素気ないそぶりをされたことがない。いくら無智な魚でもあんまりひどい」
と子供のようにやんちゃに怒り出したという噂を話し終って遜は前にも増して転げるように笑った。
「どうです。魚にまで恨みごとを云う女です」
といってまた笑った。荘子もつき合いに笑って見せたが彼の憂鬱な顔には一種の興奮を抑えた跡が見えた。
支離遜は襟《えり》をかき合せて立上った。
「お訣《わか》れいたします。今度は忙しくてお宅でゆるゆるさせても頂けません。この次にはぜひお訪ねいたします。それまでに一つあなたもあっと云わせるような学説を立てて世間を驚かせて欲しいですな」
支離遜の乗った旅車の轍のひびきが土坡の彼方に遠く消えて行った。
日はいつの間にか暮れた。櫟社の大木は眠って行く空に怪奇な姿を黒々と刻《きざ》み出した。この木を塒《ねぐら》にしている鳥が何百羽とも知れずその周囲に騒いで居た。鳴声が遠い汐鳴りのように聴えた。田野には低く夕靄《ゆうもや》が匍って離れ離れの森を浮島のように漂わした。近くの村の籬落《まがき》はまば
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