や誰ぞお人がと思いましたら遜様で御座いましたか、さあ、どうぞ」
遜は入口の土間の木卓の前へ招ぜられた。
「奥様は何か水仕事でもなさって居らっしゃいましたか、お加減がお悪いとか伺いましたのに」
「いえ、大したことも御座いませんのでお天気を幸《さいわい》、洗濯ものをいたして居りました」
「奥様が洗濯までなさるような御不自由なお暮らしにおなりなさいましたか………いやいや長くはそうおさせ申して置きません、遠からずくっきょうな手助けのはしためをお傍におつけいたすようお取はからい申しましょう」
「いえ、どういたしまして、加減が悪いと申して大したことも御座いません、わずかなすすぎ洗たく位、この頃の夫のことを思いますれば却ってこうした私の暮らしが似合ってよろしゅう御座います」
「そう仰れば今日は荘先生には如何なされましたな」
「ほ、ほ、ほ、まだお気づきになりませぬか、あれ、あの裏庭の方から聞える斧の音………あれは夫が薪割《まきわ》りをいたして居る音で御座います」
「なに荘先生が薪割り?………それはまた何とした物好きなことを始められましたことです」
「いつぞや洛邑から帰りまして………そう申せばあの折は
前へ
次へ
全28ページ中22ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
岡本 かの子 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング