を全《まっと》うしているのだという見方をして、この樹を讃嘆するのだった。彼はつぶやいた。
「この樹は人間にしたら達人の姿だ」
そしてこの樹に対して現わした感慨の根となるものが彼の頭の中に思考としてまとまりかけて居た。=「道」というものは決して人の目に美々しく輝かしく見えるものでもなく、はっきりと線を引いてこれと指さし得るものでも無い。自然の化育に従って、その性に従うものは従い、また瓦石《がせき》ともなり蚊虻《ぶんぼう》ともなって変化に委《まか》せて行くべきものはまたその変化に安《やすん》じて委せる。これが本当の「道」であるべきだ。他の用いを望んで齷齪《あくせく》、白馬青雲を期することは本当の「道」を尋ねるものの道途を却《かえ》って妨げる=だが、この考はまだ何となく彼の頭のなかに据《すわ》りが悪いところもあった。人々は寸のものを尺に見せても世の中に出たがって居る。彼もつい先頃までその競裡に在ったのだ。この習性はそう急に抜け切れるものでは無い。彼はまたしても櫟の大木を見上げて溜息をついた。
この時、大梁の方角から旅車の一つが轍《わだち》を鳴らして来たが荘子の前へ来ると急に止まって御者《
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