の縁の土坡《どて》の前は魏の都の大梁《たいりょう》から、韓の都の新鄭を通り周の洛邑《らくゆう》に通ずる街道筋に当っていた。日ざしも西に傾きかけたので、車馬、行人の足並みも忙しくなって来たが、土坡の縁や街道を越した向側の社《やしろ》のまわりにはまだ旅人の休んで居るものもあり、それに土地の里民も交ってがやがや話声が聞えていた。里民たちは旅人たちから諸国のニュースを聴かせて貰うのを楽しみによくここに集って来た。彼等は世相に対する不安と興味とに思わず興奮の叫び声を挙げた。荘子はそういう雑沓《ざっとう》には頓着《とんちゃく》なく櫟社の傍からぬっと空に生えている櫟《くぬぎ》の大木を眺め入って居た。その櫟は普通に老樹と云われるものよりも抽《ぬき》んでて偉《おお》きく高く荒箒《あらぼうき》のような頭をぱさぱさと蒼空に突き上げて居た。別に鬱然とか雄偉とかいう感じも無くただ茫然と棒立ちに立ち天地の間に幅をしている。こんな自然の姿があろうか。しかし荘子はこの樹の材質が使う段になると船材にもならず棺材にもならず人間からの持てあましものの樹であり、それ故にまた人間の斧鉞《ふえつ》の疫から免れて自分の性を保ち天命
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