気ない様子で軽く笑ったが悧巧な田氏は大方夫の胸中は察して居た、しかも、何事も夫の気持ちのリズムに合わせようとして矢張り夫と同じその話を軽い笑いで受けた。
「ほ、ほ、ほ、相変らず可愛ゆい娘でございますね」
 だが荘子はまたそれに重ねて笑う気持にもなれず、相変らず不味《まず》そうにもそりもそり夜食の箸《はし》を動かして居る。
 妻の田氏は魏の豪族田氏の一族中から荘子の新進学徒時代にその才気|煥発《かんぱつ》なところに打ち込んで嫁入って来たものであった。それが荘子が途中「道」に迷いを生じ始め漆園《しつえん》の官吏も辞め華々しかった学界の生活からも退いて貧しい栄えない生活にはいってからも、昔の豪奢《ごうしゃ》な育ちを忘れ果てた様に、何一つの不平もいうところなく彼に従って暮して居る。きりょうも痩《や》せては居るが美しかった。荘子もこの妻を愛して居る。だが、荘子はこの妻の貞淑にもまた月並な飽足《あきた》りなさを感じるのだった。つまり貞淑らしい貞淑は在来の「道らしい道」に飽きた荘子にとって無上の珍重すべきものではなかった。悧巧な田氏は夫の自分に対するその心理さえ薄々知って居てあえて不平も見せなかった
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