、遊於東海、以海飛、其音如鶏鸞。
 だが東海の海近い姑蘇《こそ》から出発して揚子江を渡り、淮河《わいが》の胴に取りついてその岸を遡《さかのぼ》り、周の洛邑へ運ぶ数十日間その珍魚を生のままで保つことは、殆ど至難な事だった。支離遜はしかし或る神技を有する老人に謀って麗姫のその望みをかなえてやった。ただし老人はそれを運ぶ水槽のなかの仕掛けは誰にも見せなかったという話だ。
 荘子はこんな事をうつらうつら考え乍ら小さい燭の下で妻の田氏と沈黙勝ちな夜食を喰べて居た。考えれば考える程不思議な麗姫の存在だった。彼女は彼女が我儘をすればする程彼女の美しさを発揮するのだ………道は道なき処に却って有るのではないか、彼女の如く拘束なき処に真の生命の恍惚感が有るのではなかろうか……。
「あなた、遜さんが何かまた麗姫の珍らしい話でもして参りましたか」
 妻の言葉に荘子ははっとしたが、まさか一婦人の存在を自分の「道」に係わる迄考慮して居たとも云い度くなかった。
「別に珍らしい話というでもないが相変らずやんちゃで美しいと云ってた」
 と答え、それに申わけばかり云い足して、麗姫が池の魚の逃げたのを恨んだ話をつけ加えて何
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