寂しくしといた埋合せがいくらかつく。おれは千代重君に礼をいっていい。場合によったらおれはこの組合からはずされてもいい。なにおれは独りで悲しみや寂しさを味わう方が、幸福に想える不思議な人間だ」
これが手前勝手ばかりの男のいうことであろうか。栖子はこういう時の尾佐の頭に、恋愛時代に見たと同じ真摯なものを見たのであった。栖子は思う。自惚《うぬぼれ》かも知れないけれども、尾佐は根から寂しい男だったのを、自分だけがこの男に一時でも花やかなものを引き出してやった。尾佐に一生に一度の青春を点火してやったのだ。
想えばいじらしい相手だ。尾佐はいまどこで寂しい白日の酒を忸怩《じくじ》として飲んでいるであろうか。
栖子の両手の指先きが、つやつやした豆莢《まめざや》の厚い皮をぺちゃんと圧し潰し、小さい鼻から目の醒めるような青い匂いを吸い込みながら、莢の裂け目へ右の指先を突き入れると、彼女の指先になまなましい柔かいものが触た。彼女は、「きゃっ!」といって莢を抛《ほう》り出した。
中の間との仕切りの襖《ふすま》が開いて、縞《しま》のブラウズを着た千代重が悠然と出て来た。手にはゴムの洗濯手套をはめている。
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