板である膃肭獣の乾物に似ているので、人間も変れば変るものだと思うだけとなった。病友は口から入れるものは絶ち、苦痛も無くなってしまったらしい。医者は臨終は近いと告げた。看護婦もモデルの娘も涙の眼をしょぼしょぼさせながら帰り支度の始末を始め出した。病友は朦々《もうもう》として眠っているのか覚めているのか判らない場合が多い。けれども咽頭奥《のどおく》で呟《つぶや》くような声がしているので鼈四郎《べつしろう》が耳を近付けてみると、唄《うた》を唄っているのだった。病友がこういう唄を唄ったことを一度も鼈四郎は聞いたことはなかった。覚束《おぼつか》ない節を強いて聞分けてみると、それは子守唄だった。「ねんころりよ、ねんころりねんころり」
鼈四郎の顔が自分に近付いたのを知って病友は努めて笑った。そして喘《あえ》ぎ喘ぎいう文句の意味を理解に綴《つづ》ってみるとこういうのだった。「どこを見渡してもさっぱりしてしまって、まるで、何にもない。いくら探しても遺身《かたみ》の品におまえにやるものが見付からないので困った。そうそう伯母さんが東京に一人いる。これは無くならないでまだある。遠方にうすくぼんやり見える。こ
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