かけた。病友はここまで歯を食い縛って我慢していたが、「た た た た た た」といって身体をすさらせた。彼はいった。「さすがに堪《たま》らん、もう、ええ、あとはたれか痛みの無くなった死骸《しがい》になってから描き足して呉《く》れ」それゆえ、腫物の上に描いた人の顔は瞳《ひとみ》は一方しか入れられずに、しかも、ずっている。鼈四郎は病友がいった通り、彼が死んでからも顔を描き上げようとはしなかった。隻眼を眇《すがめ》にして睨《にら》みながら哄笑《こうしょう》している模造人面疽《もぞうじんめんそ》の顔は、ずった偶然によって却《かえ》って意味を深めたように思えた。人生の不如意を、諸行無常を眺めやる人間の顔として、なんで、この上、一点の描き足しを附け加える必要があろう。
鼈四郎は病友の屍体《したい》の肩尖《かたさき》に大きく覗いている未完成の顔をつくづく見瞠《みい》り「よし」と独りいって、屍体を棺に納め、共に焼いてしまったことであった。
病友に痛みの去る暇なく、注射は続いた。流動物しか摂《と》れなくなって、彼はベッドに横わり胸を喘ぐだけとなった。鼈四郎は、それが夜店の膃肭獣《おっとせい》売りの看
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