ある。「誰か友だちを呼んで見せて、人面疽《じんめんそ》が出来たと巫山戯《ふざけ》てやろう」鼈四郎が辞んでも彼は訊入《ききい》れなかった。鼈四郎は渋々筆を執った。繃帯《ほうたい》を除くとレントゲンの光線|焦《や》けと塗り薬とで鰐皮色《わにがわいろ》になっている堆《うずたか》いものの中には執拗《しつよう》な反人間の意志の固りが秘められているように思われる。内側からしんの繁凝《しこり》が円味を支え保ち、そしてその上に程よい張度の肉と皮膚が覆っている腫物《はれもの》は、鋭いメスをぐさと刺し立てたい衝動と、その意地張った凝り固りには、ひょぐって揶揄《やゆ》してやるより外に術はないという感じを与えられる。腫物の皮膚に油絵の具のつきはよかった。彼は絵の具を介して筆尖《ひっせん》でこの怪物の面を押し擦るタッチのうちに病友がいかにこの腫物を憎んだか。そして憎み剰った末が、悪戯《いたずら》ごころに気持をはぐらかさねばならないわけが判るような気がした。「思い切り、人間の、苦痛というものをばかにした顔に描いてやれ、腫物とは見えない人の顔に」彼は、人の顔らしく地塗りをし、隈取《くまど》りをし鼻、口、眼と描き入れ
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