の上で※[#「足へん+宛」、第3水準1−92−36]《もが》き苦しむ。全身に水を浴びたよう脂汗をにじみ出し長身の細い肢体を捩《ねじ》らし擦り合せ、甲斐《かい》ない痛みを扱《こ》き取ろうとするさまは、蛇が難産をしているところかなぞのように想像される。いくら認め合った親友でも、鼈四郎《べつしろう》は友の苦しみを看護《みと》ることは好まなかった。
 苦しみなぞというものは自分一人のものだけでさえ手に剰《あま》っている。殊に不快ということは人間の感覚に染《し》み付き易いものだ。芸術家には毒だ。避けられるだけ避けたい。そこで鼈四郎は檜垣の病主人に苦悶《くもん》が始まる、と、すーっと病居を抜け出て、茶を飲んで来るか、喋《しゃべ》って来るのであった。だが病友は許さなくなった。「なんだ意気地のない。しっかり見とれ、かく成り果てるとまた痛快なもんじゃから――」息を喘《あえ》がせながらいった。
 鼈四郎は、手を痛いほど握り締め、自分も全身に脂汗をにじみ出させて、見ることに堪えていた。死は惧《おそ》ろしくはないが、死へ行くまでの過程に嫌なものがあるという考えがちらりと念頭を掠《かす》めて過ぎた。だがそういう
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