が最後に気に入りの蒐集品《しゅうしゅうひん》で部屋の中を飾った。それでも狭い部屋の中は一ぱいで猶太人《ユダヤじん》の古物商の小店ほどはあった。
 彼はその部屋の中に彼が用いつけの天蓋附《てんがいつき》のベッドを据えた。もちろん贋《にせ》ものであろうが、彼はこれを南北戦争時分にアメリカへ流浪した西班牙《スペイン》王属出の吟遊詩人が用いたものだといっていた。柱にラテン文字で詩は彫付けてあるにはあった。彼はそこで起上って画を描き続けた。
 癌《がん》はときどき激しく痛み出した。服用の鎮痛剤ぐらいでは利かなかった。彼は医者に強請《せが》んで麻痺薬《まひやく》を注射して貰う。身体が弱るからとてなかなか注《さ》して呉《く》れない。全身、蒼黒《あおぐろ》くなりその上、痩《やせ》さらばう骨の窪《くぼ》みの皮膚にはうす紫の隈《くま》まで、漂い出した中年過ぎの男は脹《は》れ嵩張《かさば》ったうしろ頸《くび》の瘤《こぶ》に背を跼《くぐ》められ侏儒《しゅじゅ》にして餓鬼のようである。夏の最中《さなか》のこととて彼は裸でいるので、その見苦しさは覆うところなく人目を寒気立した。痛みが襲って来ると彼はその姿でベッド
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