って小さい截片を一つ撮み取って食べる。
「あら、ほんとにおいしいのね」
眼を空にして、割烹衣《かっぽうい》の端で口を拭《ぬぐ》っているときお千代は少し顔を赭《あから》めた。お絹は姉の肩越しに、アンディーヴの鉢を覗き込んだが、
「鼈四郎さん、それ取っといてね、晩のご飯のとき食べるわ」
そういった。
巻煙草《まきたばこ》を取出していた鼈四郎《べつしろう》はこれを聞くと、煙草を口に銜《くわ》えたまま鉢を掴《つか》み上げ臂《ひじ》を伸して屑箱《くずばこ》の中へあけてしまった。
「あらッ!」
「料理だって音楽的のものさ、同じうまみがそう晩までも続くものか、刹那《せつな》に充実し刹那に消える。そこに料理は最高の芸術だといえる性質があるのだ」
お絹は屑箱の中からまだ覗《のぞ》いているアンディーヴの早春の色を見遣《みや》りながら
「鼈四郎の意地悪る」
と口惜しそうにいった。「おとうさまにいいつけてやるから」と若い料理教師を睨《にら》んだ。お千代も黙ってはいられない気がして妹の肩へ手を置いて、お交際《つきあ》いに睨んだ。
令嬢たちの四つの瞳《ひとみ》を受けて、鼈四郎はさすがに眩《まぶ》しいら
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