しく小さい眼をしばたたいて伏せた。態度はいよいよ傲慢《ごうまん》に、肩肘《かたひじ》張って口の煙草にマッチで火をつけてから
「そんなに食ってみたいのなら、晩に自分たちで作って食いなさい。それも今のものそっくりの模倣じゃいかんよ。何か自分の工風《くふう》を加えて、――料理だって独創が肝心だ」
まだ中に蔬菜《そさい》が残っている紙袋をお絹の前の台俎板《だいまないた》へ抛《ほう》り出した。
これといって学歴も無い素人出の料理教師が、なにかにつけて理窟を捏《こ》ね芸術家振りたがるのは片腹痛い。だがこの青年が身も魂も食ものに殉じていることは確だ。若い身空で女の襷《たすき》をして漬物樽《つけものだる》の糠《ぬか》加減《かげん》を弄《いじ》っている姿なぞは頼まれてもできる芸ではない。生れ附き飛び離れた食辛棒《くいしんぼう》なのだろうか、それとも意趣があって懸命にこの本能に縋《すが》り通して行こうとしているのか。
お絹のこころに鼈四郎がいい捨てた言葉の切れ端が蘇《よみがえ》って来る。「世は遷《うつ》り人は代るが、人間の食意地は変らない」「食ものぐらい正直なものはない、うまいかまずいかすぐ判る」「
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