何ですが、今日の御料理には、ちぐはぐのところがございますけれど、まこと[#「まこと」に傍点]というものが徹しているような気がいたしました。」
意表な批評が夫人の口から次々に出て来るものである。料理に向ってまこと[#「まこと」に傍点]なぞという言葉を使ったのを鼈四郎は嘗《かつ》て聞いたことはない。そして、まこと[#「まこと」に傍点]、まごころ[#「まごころ」に傍点]、こういうものは彼が生れや、生い立ちによる拗《す》ねた心からその呼名さえ耳にすることに反感を持って来た。自分がもしそれを持ったなら、まるで、変り羽毛の雛鳥《ひなどり》のように、それを持たない世間から寄って蝟《たか》って突き苛《いじ》められてしまうではないか。弱きものよ汝《なんじ》の名こそ、まこと[#「まこと」に傍点]。自分にそういうものを無《な》みし、強くあらんがための芸術、偽りに堪えて慰まんための芸術ではないか。歌人の芸術家だけに旧臭《ふるくさ》く否味《いやみ》なことをいう。道徳かぶれの女学生でもいいそうな芸術批評。歯牙《しが》に懸けるには足りない。
鼈四郎はこう思って来ると夫妻の権威は眼中に無くなって、肩肘《かたひじ》
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