色のスープが置かれてある。いつの間に近寄って来たか給仕の老人は輪切りにした牛骨の載れる皿を銀盤で捧げて立っている。老人は客が食指を動し来る呼吸に坩《つぼ》を合せ、ちょっと目礼して匙《さじ》で骨の中から髄を掬い上げた。汁の真中へ大切[#「大切」に傍点]に滑り浮す。それは乙女の娘生《きしょう》のこころを玉に凝らしたかのよう、ぶよぶよ透けるが中にいささか青春の潤《うる》みに澱《よど》んでいる。それは和食の鯛の眼肉の羮《あつもの》にでも当る料理なのであろうか。老人は恭しく一礼して数歩退いて控えた。いかに満足に客がこの天の美漿《びしょう》を啜《す》い取るか、成功を祈るかのよう敬虔《けいけん》に控えている。もちろん料理は精製されてある。サービスは満点である。以下デザートを終えるまでのコースにも、何一つ不足と思えるものもなく、いわゆる善尽し、美尽しで、感嘆の中に食事を終えたことである。
「しかしそれでいて、私どもにはあとで、嘗《な》めこくられて、扱い廻《まわ》されたという、後口に少し嫌なものが残されました。」
「面と向って、お褒めするのも気まりが悪うございますから、あんまり申しませんが、そういっちゃ
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