がむくむくと平常通り聳立《そびえた》って来るのを覚えた。「はははは、まこと[#「まこと」に傍点]料理ですかな」
車が迎えに来て、夫妻は暇《いとま》を告げた。鼈四郎はこれからどちらへと訊《き》くと、夫妻は壬生寺《みぶでら》へお詣《まい》りして、壬生狂言の見物にと答えた。鼈四郎は揶揄《やゆ》して「善男善女の慰安には持って来いですね」というと、ちょっと眉《まゆ》を顰《ひそ》めた夫人は「あれをあなたは、そうおとりになりますの、私たちは、あの狂言のでんがんでんがんという単調な鳴物を地獄の音楽でも聞きに行くように思って参りますのよ」というと、良人《おっと》の画家も、実は鼈四郎の語気に気が付いていて癪《しゃく》に触ったらしく「君おれたちは、善男善女でもこれで地獄は一遍たっぷり通って来た人間たちだよ。だが極楽もあまり永く場塞《ばふさ》ぎしては済まないと思って、また地獄を見付けに歩るいているところだ。そう甘くは見なさるなよ」と窘《たしな》めた。夫人はその良人の肘をひいて「こんな美しい青年を咎《とが》め立するもんじゃありませんわ。人間の芸術品が壊れますわ」自分のいったことを興がるのか、わっわと笑って車の
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