わ」というだけで、専心に喰《た》べ進んで行く。鼈四郎は、再び首尾はいかがと張り詰めていたものが食品の皿が片付けられる毎に、ずしんずしんと減って、気の衰えをさえ感ずるのだった。
夫人も健啖《けんたん》だったが、画家の良人はより健啖だった。みな残りなく食べ終り、煎茶茶椀《せんちゃぢゃわん》を取上げながらいった。「ご馳走《ちそう》さまでした。御主人に申すが、この方が、よっぽど、あんたの芸術だね」そして夫人の方に向い、それを皮肉でなく、好感を持つ批評として主人に受取らせるよう夫人の註解《ちゅうかい》した相槌《あいづち》を求めるような笑い方をしていた。夫人も微笑したが、声音《こわね》は生真面目《きまじめ》だった。「わたくしも、警句でなく、ほんとにそう思いますわ。立派な芸術ですわ。」
鼈四郎は図星に嵌《は》めたと思うと同時に、ぎくりとなった。彼はいかにふだん幅広い口を利こうと、衷心では料理より、琴棋書画に位があって、先生と呼ばれるに相応《ふさ》わしい高級の芸種であるとする世間月並の常識を無《な》みしようもない。その高きものを前日は味とされ、今日低きものに於て芸術たることを認められた。天分か、教
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