養か、どちらにしろ、もはや自分の生涯の止めを刺された気がした。この上、何をかいおうぞ。
 加茂川は、やや水嵩《みずかさ》増して、ささ濁りの流勢は河原の上を八千岐《やちまた》に分れ下へ落ちて行く、蛇籠《じゃかご》に阻まれる花|芥《あくた》の渚の緑の色取りは昔に変りはないけれども、魚は少くなったかして、漁《あさ》る子供の姿も見えない。堤の芽出し柳の煙れる梢《こずえ》に春なかばの空は晴れみ曇りみしている。
 しばらく沈黙の座に聞澄している淙々《そうそう》とした川音は、座をそのままなつかしい国へ押し移す。鼈四郎《べつしろう》は、この川下の対岸に在って大竹原で家棟は隠れ見えないけれども、まさしくこの世に一人残っている母親のことを思い出す。女餓鬼《めがき》の官女のような母親はそこで食味に執しながら、一人息子が何でもよいたつきの業を得て帰って来るのを待っている。しばらく家へは帰らないが、拓本職人の親方の老人は相変らず、小学校の運動会を漁り歩き遊戯をする児童たちのいたいけな姿に老いの迫るを忘れようと努めているであろうか。
 鼈四郎は、笑いに紛らしながら、幼時、母子二人の夕餉《ゆうげ》の菜のために、この
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