柄だ。自分なんかの存在はどうだってよい。彼はその気持から、夫人が好きだといった、季節外れの蟹《かに》を解したり、一口|蕎麦《そば》を松江風に捏《こ》ねたりして、献立に加えた。ふと幼いとき、夜泣きして、疳《かん》の虫の好く、宝来豆《ほうらいまめ》というものを欲しがったとき老僧の父がとぼとぼと夜半の町へ出て買って来て呉れたときの気持を想《おも》い出した。鼈四郎は捏ね板へ涙の雫《しずく》を落すまいとして顔を反向けた。所詮《しょせん》、料理というものは労《いたわ》りなのであろうか。そして労りごころを十二分に発揮できる料理の相手は、白痴か、子供なのではあるまいか。
しかし鼈四郎は夫人が通客であった場合を予想し、もしその眼で見られても恥しからぬよう、坂本の諸子川の諸子魚《もろこ》とか、鞍馬の山椒皮《からかわ》なども、逸早《いちはや》く取寄せて、食品中に備えた。
夫人は、大事そうに、感謝しながら食べ始めた。「この子附け鱠《なます》の美しいこと」「このえび藷《いも》の肌目《きめ》こまかく煮えてますこと」それから唇にから[#「から」に傍点]揚の油が浮くようになってからは、ただ「おいしいわ」「おいしい
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