歌人で仏教家の夫人がこの古都のある宗派の女学校へ講演に頼まれて来たのを幸、招いて会食するものであった。画家の良人《おっと》も一しょに来ていた。テーブルスピーチのようなこともあっさり切上がり、内輪で寛《くつろ》いだ会に見えた。しかし鼈四郎《べつしろう》にとってこの夫人に対する気構えは兼々雑誌などで見て、納らぬものがあった。芸術をやるものが宗教に捉《とら》われるなんて――、夫人が仏教を提唱することは、自分に幼時から辛い目を見せた寺や、境遇の肩を持つもののようにも感じられた。とうとう彼は雑談の環の中から声を皮肉にして詰《なじ》った。夫人が童女のままで大きくなったような容貌《ようぼう》も苦労なしに見えて、何やら苛《いじ》め付けたかった。
 夫人はちょっと無礼なといった面持をしたが、怒りは嚥《の》み込んでしまって答えた、「いいえ、だから、わたくしは、何も必要のない方にやれとは申上ちゃおりません」鼈四郎は嵩《かさ》にかかって食ってかかったが、夫人は「そういう聞き方をなさる方には申上られません」と繰返すばかりであった。世間知らずの少女が意地を張り出したように鼈四郎にはとれた。
 一時白けた雰囲気の空
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