であったが、情慾は強いかして彼の描く茫漠《ぼうばく》とした油絵にも、雑多に蒐《あつ》められる蒐集品《しゅうしゅうひん》にも何かエロチックの匂《にお》いがあった。痩《や》せて青黒い隈《くま》の多い長身の肉体は内部から慾求するものを充《みた》し得ない悩みにいつも喘《あえ》いでいた。それに較《くら》べると中背ではあるが異常に強壮な身体を持っている鼈四郎はあらゆる官能慾を貪《むさぼ》るに堪えた。ある種の嗜慾《しよく》以外は、貪り能《あと》う飽和点を味い締められるが故に却《かえ》って恬淡《てんたん》になれた。
檜垣の主人は、鼈四郎を連れて、鴨川の夕涼みのゆか[#「ゆか」に傍点]から、宮川町辺の赤黒い行灯《あんどん》のかげに至るまで、上品や下品の遊びに連れて歩るいた。そこでも、味い剰《あま》すがゆえにいつも暗鬱《あんうつ》な未練を残している人間と、飽和に達するがゆえに明色の恬淡に冴《さえ》る人間とは極端な対象を做した。鼈四郎は檜垣の主人の暗鬱な未練に対し、本能の浅間しさと共に本能の深さを感じ、檜垣の主人は鼈四郎の肉体に対して嫉妬《しっと》と驚異を感じた。二人は心秘《こころひそ》かに「あいつ偉い奴
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