傲慢《ごうまん》で呑《の》んでかかってから軽蔑《けいべつ》の歯を剥出《むきだ》して、意見を噛《か》み合わす無遠慮な談敵を得て、彼等は渾身《こんしん》の力が出し切れるように思った。その間に狡《ずる》さを働かして耳学問を盗み合い、椀ぎ取る利益も彼等には歓《よろこ》びであった。鼈四郎が東洋趣味の幽玄を高嘯《こうしょう》するに対し、檜垣の主人は西洋趣味の生々《なまなま》しさを誇った。かかるうち知識は交換されて互いの薬籠中《やくろうちゅう》に収められていた。
いつでも意見が一致するのは、芸術至上主義の態度であった。誤って下層階級に生い立たせられたところから自恃《じじ》に相応わしい位置にまで自分を取戻すにはカン[#「カン」に傍点]で攀《よ》じ登れる芸術と称するもの以外には彼等は無いと感じた。彼等は鑑識の高さや広さを誇った。この点ではお互いに許し合った。琴棋書画、それから女、芝居、陶器、食もの、思想に亙《わた》るものまでも、分け距《へだ》てなく味い批評できる彼等をお互いに褒め合った。「僕らは、天才じゃね」「天才じゃねえ」
檜垣の主人は、胸の病持ちであった。彼が独身生活を続けるのも、そこから来るの
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