じゃ」と互いに舌を巻いた。
起伏表裏がありながら、また最後に認め合うものを持つ二人の交際は、縄のように絡《から》み合い段々その結ぼれを深めた。正常な教養を持つ世間の知識階級に対し、脅威を感ずるが故に、睥睨《へいげい》しようとする職人上りで頭が高い壮年者と青年は自らの孤独な階級に立籠《たてこも》って脅威し来るものを罵《ののし》る快を貪るには一あって二無き相手だった。彼等は毎日のように会わないでは寂しいようになった。
鼈四郎は檜垣の主人に対しては対蹠的《たいしょてき》に、いつも東洋芸術の幽邃高遠《ゆうすいこうえん》を主張して立向う立場に立つのだが、反噬《はんぜい》して来る檜垣の主人の西洋芸術なるものを、その範とするところの名品の複写などで味わされる場合に、躊躇《ちゅうちょ》なく感得されるものがあった。檜垣の主人が持ち帰ったのは主にフランス近代の巨匠のものだったが、本能を許し、官能を許し、享受を許し、肉情さえ許したもののあることは東洋の躾《しつけ》と道徳の間から僅にそれ等を垣間《かいま》見させられていたものに取っては驚きの外無かった。恥も外聞も無い露《む》き出しで、きまりが悪いほどだった
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