させて行くより仕方なかった。そしていま迄、下手《したで》に謙遜《けんそん》に学び取っていた仕方は今度からは、争い食ってかかる紛擾《ふんじょう》の間に相手から※[#「てへん+宛」、第3水準1−84−80]《も》ぎ取る仕方に方法を替えたに過ぎなかった。それほどまでにして彼は尊敬なるものを贏《か》ち得たかったのであろうか。然《しか》り。彼は彼が食味に於て意識的に人生の息抜きを見出す以前は、実に先生といわれる敬称は彼に取って恋人以上の魅力を持っていたのだった。彼はこの仕方によって数多の旧知己をば失ったが、僅《わず》かばかりの変りものの知遇者を得た。世間には啀《いが》み合う鑼《どら》、捩《ねじ》り合う銅※[#「金+祓のつくり」、第3水準1−93−6]《にょうばち》のような騒々しいものを混えることに於て、却《かえ》って知音や友情が通じられる支那楽のような交際も無いことはない。鼈四郎が向き嵌《はま》って行ったのはそういう苦労|胼胝《たこ》で心の感膜が厚くなっている年長の連中であった。
 その頃、京極でモダンな洋食店のメーゾン檜垣の主人もその一人であった。このアメリカ帰りの料理人は、妙に芸術や芸術家の
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