て知らないとはいい徹せなかった。「学問が無いからだ」この事実は彼に取って最も痛くていまいましい反省だった。そして今更に、悲運な境遇から上の学校へも行けず、秩序立った勉強の課程も踏めなかった自分を憐《あわれ》むのであった。しかしこれを恨みとして、その恨みの根を何処へ持って行くのかとなると、それはまたあまりに多岐に亘《わた》り複雑過ぎて当時の彼には考え切れなかった。嘆くより後《おく》れ走《ば》せでも秘《ひそ》かに学んで追い付くより仕方がない。彼はしきりに書物を読もうと努めた。だが才気とカン[#「カン」に傍点]と苦労で世間のあらましは、すでに結論だけを摘み取ってしまっている彼のような人間にとって、その過程を煩わしく諄《くど》く記述してある書物というものを、どうして迂遠《うえん》で悪丁寧《わるていねい》とより以外のものに思い做《な》されようぞ。彼は頁《ページ》を開くとすぐ眠くなった。それは努めて読んで行くとその索寞《さくばく》さに頭が痛くなって、しきりに喉頭《こうとう》へ味なるものが恋い慕われた。彼は美味な食物を漁《あさ》りに立上ってしまった。
 結局、彼は遣《や》り慣れた眼学問、耳学問を長じ
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