加えて己れを表示する術《すべ》も覚えた。彼はなりの恰好《かっこう》さえ肩肘《かたひじ》を張ることを心掛けた。彼は手鏡を取出してつくづく自分を見る。そこに映り出る青年があまりに若く美しくして先生と呼ばれるに相応《ふさわ》しい老成した貫禄が無いことを嘆いた。彼はせめて言葉附だけでもいか[#「いか」に傍点]つく、ませ[#「ませ」に傍点]たものにしようと骨を折った。彼の取って付けたような豹変《ひょうへん》の態度に、弱いものは怯《おび》えて敬遠し出した。強いものは反撥《はんぱつ》して罵《ののし》った。「なんだ石刷り職人の癖に」そして先生といって呉れるものは料理人だけだった。
「与四郎は変った」「おかしゅうならはった」というのが風雅社会の一般の評であった。彼の心地に宿った露草の花のようないじらしい恋人もあったのだけれども、この噂《うわさ》に脆《もろ》くも破れて、実を得結ばずに失せた。
 若者であって一度この威猛高《いたけだか》な誇張の態度に身を任せたものは二度と沈潜して肌質《きめ》をこまかくするのは余程難しかった。鼈四郎《べつしろう》はこの目的外れの評判が自分のどこの辺から来るものか自分自身に向っ
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