。その態度は物の味の試しを勧めるというより芝居でしれ[#「しれ」に傍点]者が脅《おど》しに突出す白刃に似ていた。
 お千代はおどおどしてしまって胸をあとへ引き、妹へ譲り加減に妹の方へ顔をそ向けた。
「おや。――じゃ。さあ」
 鼈四郎はフォークを妹娘の胸さきへ移した。
 お絹は滑らかな頸《くび》の奥で、喉頭《こうとう》をこくりと動かした。煙るような長い睫《まつげ》の間から瞳《ひとみ》を凝らしてフォークに眼を遣《や》り、瞳の焦点が截片に中《あた》ると同時に、小丸い指尖《ゆびさき》を出してアンディーヴを撮《つま》み取った。お絹の小隆い鼻の、種子《たね》の形をした鼻の穴が食慾で拡がった。
 アンディーヴの截片はお絹の口の中で慎重に噛《か》み砕かれた。青酸《あおずっぱ》い滋味が漿液《しょうえき》となり嚥下《のみくだ》される刹那《せつな》に、あなやと心をうつろにするうまさがお絹の胸をときめかした。物憎いことには、あとの口腔《こうこう》に淡い苦味が二日月《ふつかづき》の影のようにほのかにとどまったことだ。この淡い苦味は、またさっき喰《た》べた昼食の肉の味のしつこい記憶を軽く拭《ふ》き消して、親しみ返
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