さ[#「なまぐさ」に傍点]が無ければ飯の箸《はし》は取れなかった。それの言訳のように彼女はこういった。「なんしい、食べ辛棒の土地で気儘放題《きままほうだい》に育てられたもんやて!」
 鼈四郎は母親の素性を僅《わずか》に他人から聞き貯めることが出来た。大阪|船場《せんば》目ぬきの場所にある旧舗《しにせ》の主人で鼈四郎の父へ深く帰依《きえ》していた信徒があった。不思議な不幸続きで、店は潰《つぶ》れ娘一人を残して自分も死病にかかった。鼈四郎の父はそれまで不得手ながら金銭上の事に関ってまでいろいろ面倒を見てやったのだがついにその甲斐《かい》もなかった。しかし、すべてを過去の罪障のなす業と諦《あきら》めた病主人は、罪障消滅のためにも、一つは永年の恩義に酬《むく》ゆるため、妻を失ってしばらく鰥暮《やもめぐら》しでいた鼈四郎《べつしろう》の父へ、せめて身の周りの世話でもさせたいと、娘を父の寺へ上せて身罷《みまか》ったという。他の事情は語らない母親も「お罪障消滅のため寺方に上った身が、食べ慾ぐらい断ち切れんで、ほんまに済まんと思うが、やっぱりお罪障の残りがあるかして、こればかりはしようもない」この述懐
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