。季節季節によって、鮴《ごり》、川鯊《かわはぜ》、鮠《はや》、雨降り揚句には鮒や鰻も浮出てとんだ獲ものもあった。こちらの河原には近所の子供の一群がすでに漁《あさ》り騒いでいる。むこうの土手では摘草の一家族が水ぎわまでも摘み下りている。鞍馬《くらま》へ岐《わか》れ路の堤の辺には日傘をさした人影も増えている。境遇に負けて人臆《ひとおく》れのする少年であった鼈四郎は、これ等の人気《ひとけ》を避けて、土手の屈曲の影になる川の枝流れに、芽出し柳の参差《しんし》を盾に、姿を隠すようにして漁った。すみれ草が甘く匂《にお》う。糺《ただす》の森《もり》がぼーっと霞んで見えなくなる。おや自分は泣いてるなと思って眼瞼《まぶた》を閉じてみると、雫《しずく》の玉がブリキ屑《くず》に落ちたかしてぽとんという音がした。器用な彼はそれでも少しの間に一握りほどの雑魚を漁り得る。持って帰ると母親はそれを巧に煮て、春先の夕暮のうす明りで他人の家の留守を預りながら母子二人だけの夕餉《ゆうげ》をしたためるのであった。
 母親は身の上の素性を息子に語るのを好まなかった。ただ彼女は食べ意地だけは張っていて、朝からでも少しのおなまぐ
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