の食品を貪《むさぼ》り味ってみて、一つの食品というものには、意志と力があってかくなりわい出たもののように感じていた。押拡《おしひろ》げて食品以外の事物にも、何かの種類の意味で味いというものを帯びている以上、それがあるように思われている。だが、今宵の闇の味い! これほど無窮無限と繰返しを象徴しているものは無かった。人間が虫の好く好物を食べても食べても食べ飽きた気持がしたことはない。あの虫の好きと一路通ずるものがありはしないか。
これは天地の食慾とでもいうものではないかしらん、これに較《くら》べると人間の食慾なんて高が知れている。
「しまった」と彼は呟《つぶや》いてみた。
彼は久振りで、自分の嫌な過去の生い立ちを点検してみた。
京都の由緒ある大きな寺のひとり子に生れ幼くして父を失った。母親は内縁の若い後妻で入籍して無かったし、寺には寺で法縁上の紛擾《ふんじょう》があり、寺の後董《ごとう》は思いがけない他所《よそ》の方から来てしまった。親子のものはほとんど裸同様で寺を追出される形となった。これみな恬澹《てんたん》な名僧といわれた父親の世務をうるさがる性癖から来た結果だが、母親はどう
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