》る飽くなき態があった。
 その間、たまに彼は箸を、大根卸しの壺に差出したが、ついに煮大根の鉢にはつけなかった。
 食い終って一通り堪能《たんのう》したと見え、彼は焜炉の口を閉じはじめて霰の庭を眺め遣《や》った。
 あまり酒に強くない彼は胡座の左の膝《ひざ》に左の肘を突立て、もう上体をふらふらさしていた。※[#「口+愛」、第3水準1−15−23]気をしきりに吐くのは、もはや景気附けではなく、胃拡張の胃壁の遅緩が、飲食したものの刺激に遭いうねり戻す本もののものだった。ときどき甘苦い粘塊が口中へ噎《む》せ上って来る。その中には大根の片れの生噛《なまが》みのものも混っている。彼は食後には必ず、この※[#「口+愛」、第3水準1−15−23]気をやり、そして、人前をも憚《はばか》らず反芻《はんすう》する癖があった。壁越しに聞いている逸子は「また、始めた」と浅間しく思う。家庭の食後にそれをする父を見慣れて、こどもの篤が真似《まね》て仕方が無いからであった。
 ※[#「口+愛」、第3水準1−15−23]気は不快だったが、その不快を克服するため、なおもビールを飲み煙草《たばこ》を喫《す》うところに、身
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