て彼には、いわゆる偉い人が好んだという食品はぜひ自分も一度は味ってみようという念願があった。それは一方彼の英雄主義の現れであり、一方偉い人の探索でもあった。その人が好くという食品を味ってみて、その人がどんな人であるかを溯《さかのぼ》り知り当てることは、もっとも正直で容易い人物鑑識法のように彼には思えた。
鍋の煮出し汁は、兼《かね》て貯えの彼特製の野菜のエキスで調味されてあった。大根は初冬に入り肥えかかっていた。七つ八つの泡によって鍋底から浮上り漂う銀杏形《いちょうがた》の片《き》れの中で、ほど良しと思うものを彼は箸《はし》で選み上げた。手塩皿の溜醤油《たまり》に片れの一角を浸し熱さを吹いては喰べた。
生《き》で純で、自然の質そのものだけの持つ謙遜《けんそん》な滋味が片れを口の中へ入れる度びに脆《もろ》く柔く溶けた。大まかな菜根の匂いがする。それは案外、甘《あま》いものであった。
「成程なア」
彼は、感歎《かんたん》して独り言をいった。
彼は盛に煮上って来るのを、今度は立て続けに吹きもて食べた。それは食べるというよりは、吸い取るという恰好《かっこう》に近かった。土鼠が食い耽《ふけ
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