人が、食物に係っているときだけ、温順《おとな》しく無邪気で子供のようでもある。何となくいじらしい気持が湧《わ》くのを泣かさぬよう添寝をして寝かしつけている子供の上に被《かず》けた。彼女は子供のちゃんちゃんこ[#「ちゃんちゃんこ」に傍点]と着ものの間に手をさし入れて子供を引寄せた。寝つきかかっている子供の身体は性なく軟かに、ほっこり温かだった。
本座敷で鼈四郎は、大根料理を肴《さかな》にビールを飲み進んで行った。材料は、厨《くりや》で僅に見出した、しかも平凡な練馬大根一本に過ぎないのだが、彼はこれを一汁三菜の膳組《ぜんぐみ》に従って調理し、品附した。すなわち鱠《なます》には大根を卸しにし、煮物には大根を輪切にしたものを鰹節《かつおぶし》で煮てこれに宛《あ》てた。焼物皿には大根を小魚の形に刻んで載せてあった。鍋は汁の代りになる。
かくて一汁三菜の献立は彼に於て完《まっと》うしたつもりである。
彼には何か意固地《いこじ》なものがあった。富贍《ふせん》な食品にぶつかったときはひと種《いろ》で満足するが、貧寒な品にぶつかったときは形式美を欲した。彼は明治初期に文明開化の評論家であり、後に九
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